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ここではじめて行われた競馬は
まだ簡略的なものだった。 |
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組織的な近代競馬
「日本にやって来ている外国人たちが集まり、最初の競馬大会が開催された。馬蹄型のコースが、堀川の向こう側に作られた」“YOKOHAMA AND ITS CHANGES”japan Weekly Mail,March.23,1872に、1860年当時の回想記事として紹介されている。居留地内の海岸(横浜州干弁天社裏西、現在の横浜市中区相生町5丁目から6丁目)を埋め立て、神奈川奉公所の役人が馬術の練習に使用する目的で、馬場と馬見所が建設された。それを見た居留外国人もこの馬場を利用して、西洋式競馬を開催。これが日本における競馬のはじめてだ。1862年(文久二年)8月8、9日には居留地の裏の埋立地(横浜新田・現在の中華街内)に円形の仮の競馬場を造り、競馬施行組織「横浜レースクラブ」が居留外国人によって組織され、正式に番組を決め、本格的な近代競馬が行われ、50ドル、60ドル、80ドルの賞金も出されたという。 |